本文へスキップ

Hokkesyu Rissyouzan Myouhouji Official Website

TEL. 0795-87-0090

〒669-3812 兵庫県丹波市青垣町小倉809

一切皆苦の教えCONCEPT

一切皆苦

 お釈迦さまを修行へと駆り立てた出発点は、人間の根源的な苦しみの本質を見極めたいという思いにありました。そして、この人間という存在が持つ根源的な苦しみから、人はどうすれば解脱し、心安らかに過ごせるのかを追求された結果として得られたのが「悟り」です。

「苦を離れ、迷いを転じ、悟りを開き、法蓮華の台に坐して等正覚を成ずる」ことが、仏になるということなのですが、ここでは苦のお話を一つ一つお話させていただきます。

釈尊は、すべての人が直面する厳しい現実として、「生・老・病・死」の「四苦」と、「愛別離苦」、「怨憎会苦」、「求不得苦」、「五薀盛苦」の四つの苦を加えた「八苦」があるとされました。世間で言う四苦八苦するという言葉は、ここからきています。


四苦

 

生苦(しょうく)

 人は、どんな姿でどんな環境に、どのように生まれてくるかは選べないという言う意味で、生まれてくることそのものの苦です。この世に生まれるということは、魂が人間という身体を通して修行を始めるということになります。

老いの苦

いつまでも若くありたいと願ってもだれもが年老いてしまい、年をとれば自由がきかなくなり、人に依存せざるを得なくなり、老醜に悩まされるという苦です。

病と死の苦

人は、いつまでも健康でいたいと思っても病気になり、死にたくないと思っても死んでいくという苦のことです。 人は、生まれ老いて病んで死ぬというどうしようもない現実を言います。


八苦

 愛別離苦(あいべつりく)

愛してる人、大切な人ともいつかは別れなければならない苦しみのことです。親子、夫婦、家族、恋人とも、いつか必ず別れが来ます。過保護な親、偏よった愛から離れることができなければ周囲を不幸にしてしまいます。

怨憎会苦(おんぞうえく)

会いたくない人とも会わなければならないという苦しみです。嫌な上司、先生、隣人、同僚、部下、嫁、姑、客など、私たちは嫌な人とも会い、付きあっていかなければ、社会生活を営めません。

求不得苦(ぐふとっく)

求めても得られない苦しみです。あれも欲しい、これも欲しいと思っても手に入らないし、こうありたい、ああありたいと願っても思うようにならないのが現実です。 人間関係でも、愛する心が強くなりすぎますと、別れを受け入れることができなかったり、自分の思い通りにしたいと考える心も強くなり、そのことにとらわれてしまいます。

 五薀盛苦(ごうんじょうく)

  満たしきれない肉欲や心身の病など私たちの心身そのものが本来持っている苦のことです。人間は、霊魂が肉体を持つことにより、眼耳鼻舌身意(六根清浄)、の六つの感覚がありますが、そのうち意識を除いた5感からもたらされる苦のことです。

五蘊は、色蘊・受蘊・想蘊・行蘊・識蘊と呼ばれる五つの蘊(かたまり)からできていると考えます。「色」は、形をもつ肉体、「受」は、目や耳などの感覚器官による五感、「想」は、五感がもたらした刺激に対して「犬だ」「白だ」などと識別するはたらき、「行」は、「休もう」「行こう」といった行動をもたらす意思、そして「識」は、「かわいい犬」などと価値判断をする心のはたらきのことをいいます。

 五蘊というのは、この感覚器官による五感がもたらした刺激に対して、@脳で識別する認識、A認識に基づいて行動する意思、そしてB行動の結果に対し価値判断をする心のはたらきのこととお考え下さい。

いずれの「かたまり」も、一定の形にとどまることなく変化し続けており、自分という存在の成り立ち自体が常に揺れ動いています。思い通りに自分の心と脳の認識をコントロールできないため、さまざまな欲望や執着が生じ、満たされない苦を抱えてしまうと考えられているものです。


苦(厳しい現実)との付き合い方

 このように、私たち人間が苦しみの世界に存在しているという真理を「苦諦」(くたい)と言います。この世はすべて苦である(一切皆苦)という事実をまず受け止め、苦を生み出している原因を探ることが、苦を乗り越える唯一の道であるとされました。

「苦しみ」と言えば、なじみがないと感じる方もおられると思いますが、人生のそれぞれの場面での「避けられない事実」又は「思い通りにならないということ」を表しているとご理解ください。

 人は、死にたくない、年をとりたくない、健康でいたい、大切な人と別れたくない、物や優しさが欲しい、嫌な人間とはつきあいたくないと思って生きています。生きていれば当然のことです。

ただ、これらの人間の様々な欲求や欲望のほとんどは満たされることはなく、自分の心をコントロールできずにいると、いつまでも満たされない思いにとらわれて「思い通りにならない」状態が続きます。

このことが悩みの本質で、これから離れることが佛になるということだと説かれています。

バナースペース

法華宗 立正山 妙法寺
 Official Website

〒669-3812
兵庫県丹波市青垣町小倉809

TEL 0795-87-0090
FAX 0795-87-2180