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 祖先崇拝は日本人の日常の中にあり、道徳的な規範の根元として永い間日本人の伝統的な生活信条となっていました。
 「先祖さん」をまつることは子孫のつとめであり、先祖をまつることで日々の生活の平安をさずけてもらうと信じているものが多いのですが、神でも仏でもない先祖さんというのはどのような霊なのでしょうか。

 このことについて柳田国男氏が「先祖の話」を書いています。それによりますと、先祖という言葉は二種類の意味で使われていて、「家の最初の人ただ一人が先祖であり、古い時代に活きて働いていた人のこと」で自分達の家を創立し家の基本をきずいた人であると思っている人と、「先祖は祭るべきもので、自分の家で祭るのでなければ、何処も他では祭る者の無い人の霊、即ち先祖は必ず各々の家々に伴うもの」と思われているものとであります。

 もう現在ではそんなことは云わなくなっていると思いますが、昔は早く立派になってくれという代わりに「精出して学問をして御先祖になりなされ」といって子孫をはげましていたといわれます。これは遠い昔の先祖ではなく、家を興隆させたり、分家して独立する能力をもつ子供に将来を託するということで、古い先祖ばかりが先祖ではなかったのです。

 家の根を太くたくましくするため長子家督相続をすることにより、長男は家代々の先祖を祭り、まつりごとや法事を盛大にすることがつとめであるとする家と、子供達に分割相続をさせてどの子も幸福にしてやりたいとの考え方は昔からありました。
 次男以下は分家させて新しい家をたてさせ先祖になればよいというのです。更に能力があり独立できるのなら長男が家を出て、次男以下が本家をつぐということになり「先祖さん」になることを期待したようです。

 人は死後祭ってもらいたいという念願、死後も敬愛されたいという願いがあります。そこで子孫は祭る先祖を限定したわけで、本家の先祖は祭らなくてもよく、祭られない先祖をどこかで祭ることはしてはならず、正統嫡流が、先祖伝来を祭る資格があり、分家にはその資格がなく、分家の最初の人を先祖とすればよかったのです。

 このように家というものも、人の一生と同じで天寿のようなものがあり、古い家系が消滅して、分家が勢力をもち、その分家もいつか消滅して、分家の分家が栄えて、それもいつの日か消滅するという歴史をくりかえしています。


 家を永続させたいということも古来よりの願いでありました。「積善の家には必ず余慶あり」といわれ、善行を積み重ねていく家には、必ず後の子孫まで慶びが伝わっていくという意味ですが、「人知れず徳を積んだ者には、天が幸福を報いとして与える」といわれています。陰徳というのはめだたぬよう、きわだたぬよう生きて徳をつむということで、これが家を永続させたのかも知れません。

 「家」の制度は鎌倉時代の武家社会で発生し、織豊時代から江戸初期にかけて発達し、広まったとされています。現在ある寺院の大半が、郷村制の成立とともに創立されていますことと関連しております。武家をはじめ、農民や町人による家の形成により、その祖霊を祭る寺が建立されていったのです。

  日本の仏教が、家の成立により、その先祖崇拝とともに発展し、先祖崇拝が「家」の成立と深いかかわりをもったことはいうまでもありません。先祖崇拝は古くから伝えられている「先祖の祭り」で、先祖、祖先、祖霊ともよんで「先立てるミタマ」を祭ります。父の父を「祖父」、その先代を「曽祖」、さらにその先代を「高祖」ともいい、さらに古い先祖を「太祖」ともいっていますが、家の直系の先代すべてを祭ることが伝承され、家長の責務でありました。

 一般に農耕民族は、死後の生活を信じ先祖を崇拝する習俗をもっています。農耕は種まき‐発芽‐開花‐結実‐枯死してもまた種から再生しますが、同様に人も誕生し‐成人‐結婚‐子供の出産‐老化‐死となるので永遠に回帰し再生すると信じられました。そして山、森、樹に祖霊がやどり正月や盆には先祖さんが帰ってくるとされています。

 しかし、この先祖とは別に、家の連合体である同族の共通の先祖を根本先祖と考え、神としてお祭りしたのです。その根本先祖というのは、家父長的「家」の制度が確立した鎌倉時代の武家社会の中で発生したといわれています。



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